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我が家の動物たち・その2 沙亜也 [雑記]

お嬢こと、沙亜也は、1990年ごろの生まれです

頃としか書けないのは、いつどこで生まれたかもわからないから

獣医さんから私を指名でいただきました

まずは会いに行き、抱っこさせてもらいました。

それから、時間をかけて、ケージやトイレなど必要なものを買い揃え

そして2週間ぐらい後に迎えに行きました

私の部屋に連れてきた時に、沙亜也は「ふーん」と言った感じ

「あなたは私を迎えに来たというけれど、私はいつまでここに居ることになるのかしら?」

そんな感じで、全く私に甘えるとか、増してや信じるなんてしない!といった感じでした

生まれたばかりの子どもも殺されてしまい、乳母猫として獣医さんのところにいた沙亜也

私の家に来てから毎日、朝晩、抱っこしては「沙亜也はかちゃんの大事な子だよ。ずっと一緒だよ」と

呪文のように繰り返し、繰り返し伝え続けました

それまで家には帰りたくなかった私が毎日お嬢のために早く帰宅するようになり

出来るだけ家にいるようになりました

そして実家に耐えられなくなった時、最初に購入したものもお嬢用の新しいケージでした

借りたアパートで最初に組み立てたのもこれw

そしてそのケージは今、かりくるが使っています

10歳を超えてからの引っ越しはお嬢に負担をかけると思いましたが、お嬢は全く気にせず

私が一緒に居れば何の問題もありませんでした

そのアパートから脱走し、36日も迷子にしてしまったり、色々ありましたけれども

最後の最後までお嬢は私唯一の家族でした

亡くなった日は8人もの知人友人がお悔みに来てくれました

今でもお嬢の話をするとちょっと泣けて、そしてたくさん笑います

お嬢と過ごした時間はかけがえのない時間で、私の特別に幸せな時間です

かりくるを選んでくれたのも、あまり雨に降られないのも、何気に運が良いところも

全部お嬢のお蔭だと私は思っています

いつか虹の橋のたもとで再会出来たら、抱きしめてまた言ってあげたいです

「沙亜也はかちゃんの大事な子だよ。ずっと一緒だよ」

私の母であり、姉であり、娘であり、友達であり、一番大事な子

今でも心から愛しています

命日の日に…


我が家の動物たち・その1茶々 [雑記]

実家に初めて動物がやってきたのは小学生の頃でした

紀州犬で強いけれど優しい子でした

その後何の知識もないのに九官鳥が2羽いたり、金魚をすくったりして

鶏も家で飼っていたので動物には囲まれていた生活でしたね

色々あって犬たちは亡くなり、それ以降その子を含めて5匹一緒に暮らしました

最後に飼ったわんこが茶々です

初めての女の子でした

自分の両親のことを悪く言うのは生きて居るのに申し訳なく思いますが、

彼らは年齢もあるのか、生きものを飼うことに向いていない人たちです

世話もあまりしようとしないし、その生きものたちがどうしたら幸せなのかを考えられない人

祖父母や曽祖父母も動物を飼うのは生きていくためという人たちだったので

私の中にある動物飼育の価値観を作って下さったのは、もう30年以上も付き合いのある

獣医さんということになります(とても良い方です)

茶々は父が職場に来たからと前の犬が亡くなったばかりのわが家に連れてきた子でした

我が家の犬が亡くなる理由は父が散歩に行くのが面倒だからとリードを放してしまうことなのです

散歩はいつも私か弟が行くのに、たまに早く帰ったからと思い付きで放したりしてしまいます

しつけもしないので、呼び戻しも出来ないので事故に遭い亡くなるのです

最後の犬となった茶々は拾われた頃、まだ生後1ヶ月ぐらい

急に首輪をつけられ、ぽいっと庭の隅へ置かれた子犬は夜泣きをしますが

父は怒鳴るだけ…一番近くの部屋にいる私に抱かれて眠るようになりました

それから茶々は私のことを「お姉ちゃん」だと認識したようです

避妊も1回目の発情が来るまで出来ないと教えてもらったので、家の周りにあつまるわんこたちから

茶々を守って車でお散歩出来る場所まで行くようにしたので茶々は車が大好きになりました

リードを放してもきちんと呼び戻しが出来るようにしつけもし、また敷地外には出ないようにしつけしました

おきゃんで可愛い茶々は私の妹でした

茶々が我が家に来て1年後…私は獣医さんの指名を受けて、沙亜也(お嬢)を貰い受けました

沙亜也は我が家に来るまで不幸にも最低2回は捨てられていた猫

私の事もちっとも信じられないという感じでした

あなたももうすぐ私を捨てるんでしょ?とでも言いたそうな、冷めた感じです

そんなお嬢を茶々は、とても好きになってくれました

窓越しに会うと尻尾をふり、鳴かずに愛想をふりまきます

私の膝にお嬢がいると、そっと近づいてきて耳を舐めてやります

お嬢は迷惑そうな顔をしますが、怒ったりはしませんでした

茶々の散歩から戻るとお嬢はいつも窓辺で待っていました

動物病院へ行っても、遠くの公園へ行っても、茶々はいつも周りに優しく明るい性格でした

「私は茶々よ、あなたはだあれ?」

そんな感じにどんな動物にも優しくて良い子でした

そのうち私が実家に耐えられなくなり、沙亜也と家を出た際、一番気がかりなのは茶々でした

亡くなる最後まで散歩が大好きで、祖父母の介護のために連日実家へ行くと

「おかえり!お姉ちゃん!お散歩行くの?」と尻尾をふってくれる子でした

私も散歩してやりたいので、行くのですが、行きは平気ですが、帰りは歩けなくて抱っこして帰ります

10キロ以上あったのでなかなか重いのですけれど、それでも一緒のお散歩は幸せそうでした

17才で亡くなった茶々はお嬢が逝く前年亡くなりました

私が実家を出たのでその後2匹は会えなくなっていましたが、

今頃は虹の橋のたもとで仲良くやっているのでは?と思います

今でもわんこも大好きです

我が家へ来て長く生きたのは茶々だけ

最後まで私自身が面倒みられなかったのは申し訳なかったけれど、私の自慢の愛犬です

 


震災の日に… [雑記]

今日で5年になりますね

TVや新聞では、被災地の今が取り上げられていますが…

ちょっとだけ気になる言葉があるのです

「もと通りの生活が出来るように」

これです

屁理屈かもしれないけれど、もと通りの生活なんて出来ないでしょう

友人や家族を失って、傷ついている人に出来るようにしてあげるというのは

なんだか無神経な気がしてならないのです

復興、復興という言葉は簡単かもしれないけれど、実際に簡単なことなどどこにもないでしょう

阪神淡路で被害を受けた地域

今、建物などは建て直され、あの震災直後のひび割れた地面や焼け野原のような風景は

どこにもありませんけれども、やはり失ったものは大きかった気がします

気持ちを言葉にするのは難しいこと、それは承知しています

どんなに言葉を紡いでも言葉は心を超えることができません

だからこそ、もう少し配慮ある言葉選びがあっても良いと思うのです

辛くても苦しくても前に進もうとする人たちの気持ちに寄り添うような

そんなことを考えた日でもありました

多くの犠牲になられた方のご冥福をお祈りするとともに、まだ行方不明の方の

一刻も早い発見を祈っています(-人-)

夢を見た [雑記]

土曜日も仕事をして、疲れて帰って来て

夢なんて見ないだろうと思っていたのに、夢を見た…

亡くなったYちゃんが、久しぶり!と声を掛けてくれる

娘などいなかったのに、キレイ可愛い娘を連れて

「会いたかったよ、話したいことがいっぱいあるんだよぉー」

ちっとも変わらないYちゃんに嬉しくなって、私もだよ!と言った

目が覚めた後、Yちゃんに会えたことが嬉しくて、一緒に仲良しだったIちゃんへメールした

そうしたら・・・

Iちゃん、何と来月5人目を産むそうな(*^_^*)

なんて素敵なんだろう

きっと生まれたら教えようと思ってたらしいIちゃんのことをYちゃんは教えてくれたに違いない

産み月はしんどいらしく、お腹も大きいけれど、元気だというIちゃん

女の子だったらYちゃんの名前にしようと思ってたんだけど男の子だったんだよねだって

良いなぁって思った

凄く素敵だなぁって思った

そしてとても不思議だった

Yちゃん、私たち、もう少し頑張るね

Iちゃんはまたレベルアップするとか言ってるよ

Yちゃん、また、会いに来てね・・・いつでも待ってるからね


春になって思う事 [雑記]

やっと重たいコートを脱いで、仕事へ行く季節がやってきた

重たいコート・・・

重たくってもう着ていられないって去年は思っていたコート

今年はその重さに耐えられていた

重たくて寝ても寝た気がしなかったお布団

かけて眠れた

少しずつ、少しずつだけれども身体は回復してきてるんだなぁって

旦那になってくれた彼に言うと

「もっともっと色々回復させていこうね」

と言ってくれた

二人が大好きな花、桜

徐々に咲き揃い、見ごろは近くなっている

何回一緒に見られるかなぁ?という私

ずっと見られるだけ見ようよという彼

春になって色々と思う事ありますね


友人のお葬式へ行って [雑記]

先日、友人のお葬式へ行ってきました

享年だと2つも上がるのですが、享年49歳 

実際は47歳という若さで友人はこの世を去りました

心臓が良くないお父様とお兄様の3人暮らし

葬儀でのお父様はもう一杯一杯で・・・

見ていて切なかったです

そんな葬儀の日

葬儀を知ったのが前日だったので当日慌てて喪服の準備をして会社へ行ったのですが

時間になり、着替えてみると ・・・

足が出る(-"-)

そうなのです・・・タイツだと思って持ってきたのはレギンス(T_T)

仕方ないのでそっと会社を出て、早目に近くのコンビニで厚手のタイツを購入

そんな私を友人はきっと笑ってるんだろうなぁと思いました

そして知り合いと待ち合わせをして葬儀に参列

そこには当然写真があるのですが・・・見たことのない顔が・・・

さすがに間違えて行ってませんよ?

普段化粧をしない友人がばっちり化粧・・・

一緒に行った知り合いが「これって成人式の写真じゃないかな?」と

え~?とは思ったものの、焼香時に近寄って見ても面影しかない

えっと、他に写真は無かったのでしょうか?

お父様もご高齢だし、お兄様も妹さんの写真がどこにあるのか分らなかったのかなぁ?

帰宅後、考えましたよ

私が亡くなったら(それはいつか分からないし)20歳の時の写真は使われたくない

しかしそれに関して口出しは一切出来ない・・・

相方に「普段の写真でよろしくお願いします!」と言っておきましたけれども

それでも何だか心もとない・・・

エンディングノートは何度も書こうかなと思いつつも思うだけで終わってましたが

人はいつ亡くなるのか分りませんもんね

葬儀にはお金もかかるし、参列、あんなにしてもらえないだろうなぁと思ったり。

実際に、そこそこの知り合いなら、本人死亡ならその人しか知らないから

香典も出さないという方もいたりするので、人の死に関して考えることは

本当に人それぞれなのだろうなぁと思いました

Tちゃんは聡明で優しくて皆が笑顔しか思い出せないというぐらいに

いつもニコニコした人で、年下だった私にも全く威張らず

どんな人にも穏やかに接する人でした

彼女のような素敵な人になりたいなぁと思うと同時に

私の葬儀は密葬とかどうかなぁと相方に言うと

「写真の件は分ったけどもう少し色々考えてみたら?気が早いんだから」

そうだね~などと思ったのでした

Tちゃん、またね!また、一緒に遊びましょう!

約束、だよ!


年末を前にして [雑記]

昨日は体調も宜しくない関係からか、ボロボロ久しぶりに泣きました

今月の検査結果はそこまで悪くはなかったけれども

お高い薬の復活が結構ショックだったみたいデス…

あ~もしかしたら・・・とか考えてしまうこともあり、心細くなったり

色々と病院以外の治療もしていますが、やはり治る確率とか考えると

怖いというのが正直な気持ちです

相方は泣きたい時は泣いて良いよと言ってくれるけれども、やはり申し訳ない・・・

そのためにいるんだからねと言ってもらって

少し楽にはなるけれどやはり心苦しい・・・

年末を前にして賀状を用意したり、おせちの予約とか色々しつつ

いつまでこんな時間があるんだろうかとかも考えますね

今年もイマイチな体調と相談しつつ、6本のライブや観劇

そこそこ行けてるし、幸せなことと思います

来年もこのブログが続けられるようにと祈りつつ・・・


思ったこと~ちょっと病気のことも・・・ [雑記]

今年に入って更新がないね…

そう言われて初めて気がついたりみこです(^_^;)

全く気が付いてなかったw

こうして数えてみると、ライブへも舞台へも行っているので結構精力的?w

今年入って10本はなかなかのハイペース

この後は徐々に減る予定ですw

体調の方はまぁまぁでしょうか

でも検査結果はとても良くて、頑張って薬(ホルモン剤と漢方薬)を飲んでいる結果が出ていると思います

それはとても嬉しいw

【とにかくストレスない生活をしなさい】

結構簡単に病院の先生はおっしゃるけれど、これって結構難しくないですか?

仕事でも家でも全くストレスフリーって人っているのかしら?

まぁ私の場合は、家にストレスはありませんがw

私のストレスは愛しのにゃんずたちが片付けてくれている気がしますw

この後、夏にライブを3本予定しております

あとは冬に・・・当たったら行きたいライブが1本

珍しく関東へ行けたら行きたいなぁ~

関東のお友達連中にずっと不義理しているので会いたいし・・・

しかし、金銭的にも体力的にもかなりギリギリ…

今飲んでいる薬、お高いんですよ、ほんとにw

ホルモン剤だけでも毎日1000円近くしますし・・・いや~お金かかってます(^_^;)

ライブも関西がギリギリ

それより東が遠くなりました

漢方代金まで入れると日にどれだけお金かけてるのか・・・怖いですけれど

これも元気になるためと頑張りますよw

近場のライブで命を洗濯しつつ、ストレスを溜めないように、溜めないように

病気との距離を広げていけたら良いなぁと思っています

体力がないので出先でも友達連中に迷惑ばかりかけてごめんね

ぐったりしていてもきっと大丈夫

心がとても軽いから♡

ありがとうね♪

NO MUSIC NO LIFE でもあるし、NO STAGE NO LIFE でもあるんだけれど

健康でないと何も楽しめない・・・

それを痛感するここ数年ですが

この後も楽しい時間を大勢の人と共有できますように☆彡

また何かの感想、今度はそんなに間を開けずに書きたいと思いますw


結果と今後のご相談 [雑記]

今日は前回の内膜採取&MRIの検査結果と今後のご相談の日でございました

もう正直、何を聞けばいいのやら

セカンドオピニオンのことも考えていたりして

頭を大きくした感じで向かったのですけれども

結果は・・・

今すぐの手術は必要なし

細胞の方も良好で、MRIでも内膜が増えていないので

とっても良いとのこと

何だか、気が抜けてしまうような結果でした

びっくりしたのが正直なところです

やはり色々と努力しているのが少しずつ実を結んで来ているのではと思います

今後も努力していかなくちゃ・・・

取りあえずはホッとしたのでごさいました

次回は来月

それまでホルモン漢方治療頑張ります(^_^)v

ご心配をおかけした皆さま、ありがとうございました

MRI検査をしてきました [雑記]

今日はMRIでした

人生初のMRIだったので周りの人に聞くと結構色々な人が経験者w

怖かったとか、造影剤で気分が悪くなったとか

終わった後吐いたとか・・・

普段は痛いのも我慢する方(しすぎと言われるw)ですが

初めてなのでドキドキ・・・緊張していました

15分前には検査室前に来るようにと言われてので

会社を早めに出て、病院へ行きました

13時予約だったので12時半には放射線受付も通過して

大きな音のするMRI検査室前で待っておりました

名前を呼ばれたのは2名

おじさんと私だけ

どうやら検査機器は2つあるようです

検査着に着替えて、時計など金属の付いた物をすべて外し、荷物と一緒に検査室へ

ベッドへ横になると位置を確認後、しっかり固定されました

この固定時間に今日の検査が何分かかるのか聞いてみましたw

通常の状態で15分、造影剤を入れて10分程度撮りますとのこと

30分程度ならちょっとぐらい痛くても我慢出来ると思ってましたw

絶食だったので終わったらご飯〜♪と祈りつつw

結果から言えば、私ほぼウトウトしていましたwww

造影剤の時の注射がちょっと痛かったですけれどね・・・

IMG_2280.jpg
ここから入れたので痛みは当然(T_T)

血管細いんだもの、ここは〜

でも造影剤が入った後も冷たい間隔があるだけで痛みも嘔吐感もなし

帰りにお蕎麦でも食べて帰るぞ〜と終わる頃はウトウトしつつ思ってましたw

検査が終わって受付に行ってみると・・・

大混雑!!!!

ちょうど14時の入院時間前で入院患者とその家族でごった返してました

どうにかその中をすり抜けて、受付に辿り着き、会計を・・・

かなり待ちました(T_T)

徐々に空腹感に包まれて、寂しくなりつつ、どうにか会計も済ませたのですが

何故か14時過ぎているのに行こうと思っていたお蕎麦を食べられるお店が混んでいて

悲しくなりつつ、スーパーでお総菜を購入して帰りましたよ

結果としてMRIは怖くない検査でしたよw

検査というと痛い思いが多い私にとっては好きな検査かもwww

この検査結果等々まとめて27日に色々決まるかもです

また報告しま〜す

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